琉球王国時代の碁はどのルールだったのか? (1)

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沖縄では囲碁の人気が高く、碁会所もあちこちにある。日本からの新参者の将棋と異なり、古くから中国との交易を介して伝わってきたのだろう。これは象棋(チュンジー)<も同様だと思う。「はじめての象棋」の巻末年表には「使琉球録」に「碁子」の単語があると書かれている。1534年(明の嘉靖13年、日本は戦国時代)のことである。「使琉球録」の「航海賦」には碁打ちを琉球に同行させたともあるらしい。少なくともこのころには囲碁は琉球でも楽しまれていた。


撮影日時:不明 / 所有者:那覇市歴史博物館
那覇市歴史資料室収集写真/戦後 碁を楽しむ男たち
配信元:那覇まちのたね通信
事業主体:NPO法人ちゅらしまフォトミュージアム・地域情報エージェント株式会社

囲碁のルール

ある程度囲碁を勉強した方なら、現在の囲碁ルールは日本ルールと中国ルールの2つのルールに大別できることはご存知だろう。日本ルールは地の大きさを数え、中国ルールは置かれた石数を数える。中国語では比目法と数子法だ。どちらで計算しても大抵の場合は勝負の結果は一致するので、どちらのルールで遊んでも問題にはならない。

歴史的には「切り賃」(還棋頭)や開始時の置碁など、細かな変遷は多い。中国は広いので場所によって遊ばれていたルールが異なるかもしれない。
(日本でも戦前は切り賃ありで打っていた地域もあるらしいし)

琉球の碁はどのルールだったのか

琉球人が日本に渡って対局した囲碁棋譜がいくつか残っている。これらの対局は日本ルールだと考えても良さそう。ただし日本での対局のことなので、琉球でどのように遊ばれていたかはわからない。

琉球の囲碁 | ず’s

はじめての象棋」のP.67 には冊封使の記録から「琉球では中国式の囲碁のルールではなく、日本式のルールで囲碁を打っていたことがわかります」とある。これを信じるなら日本ルールなのだが…… どの冊封使の記録にあるのだろうか。
(沖縄戦がなければ、もっと参照できる資料も多かったはず。戦争で失われたものは大きい)

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